本洗馬の歴史と文化を紹介しています
(HP委員会取材記事)
 2021年7月16日、涼しい風の吹く風情のある釜井庵で、七夕の人形たちに囲まれながら、中原文彦さんにインタビューをさせていただきました。
 釜井庵は本洗馬(もとせば)歴史の里資料館に隣接する、この地の歴史にゆかりのある茅葺の建屋です。
<プロフィール>
 中原さんは1983年に入社され、当初は村井事業所工機設計部にて、時計の治具の設計製造業務を担当されていました。その後、インクジェットヘッドの要素技術開発業務に携わられ、量産技術の確立に尽力されました。特に歩留まり向上活動を目指した「Y90活動」では大変ご苦労されたそうですが、お話を伺う中で、上司、同僚、部下に恵まれ厳しいながらも充実した日々を送られていたご様子がうかがわれました。
 その後、インクジェットヘッド、カラーレーザープリンタの要素生産技術の部門責任者を経て、プリンタ事業の事業戦略に関わる業務に就かれていた2013年1月に定年退職されました。
<活動内容>
 中原さんは2014年より本洗馬歴史の里資料館にて、本洗馬の歴史と文化を紹介する活動を精力的にされています。主な活動は、
  ・年1回の専門家を招いた歴史講演会と3回の釜井庵寺子屋塾(洗馬の身近な歴史を語る)の開講
  ・年3回の企画展の開催 など
 企画展では、テーマ選定から始まって、様々な場所からの史料の収集、分析、展示資料の構成等をお一人でされているため、それは大変な労力がかかるのだそうです。
 史料は古文で書かれているため、それを読み解く必要がありますが、学芸員の資格を取得されている中原さんは、収集した古文書を読むことができるそうです。
 その技能に加え、現役時代に培った資料を収集、分析、まとめる手法や、現場、総合力、理論を大切にしていく教えがこの活動をするうえで大いに役に立っているとのことでした。
<時間軸、文化軸ともに奥が深くスケールの広い本洗馬>
 本洗馬の歴史には地域が狭いながらも多くの傑出した人物が登場します。
 鎌倉時代から戦国時代にかけて松本平南部一帯を支配していた豪族の三村氏。
 約240年前に本洗馬に滞在し、当時の民族・風習を知る貴重な史料を残した菅江真澄。
 菅江真澄に着目し紹介、研究した「日本民俗学の開祖」である柳田國男。
 日本の結核の予防・診断・治療に貢献し文化勲章を受章した熊谷岱蔵。(生家は資料館のごく近く)など。
 また本洗馬は、平安時代は藤原家の荘園であり、その後三村氏の領土になったのち、高遠藩の飛び地として管理されていた独特の地域であったことなど、話題に富む地域でもあります。
<文化を大切にする活動を通して、多くの人に伝えられるものを残したい>
 中原さんは、現役時代に仕事柄訪れた多くの海外の出張先で、それぞれの地で歴史や文化を大切にする習慣を観て、「第二の人生は、歴史や文化を大切にする活動に携わり、何かを残してそれを多くの人に伝え知ってもらいたい」と強く感じ、この活動を始めたのだそうです。
 本洗馬の歴史やその伝承について熱く語られる中原さんが印象的でした。
<「本洗馬歴史の里資料館」を訪れてみてください>
 一つひとつに見ごたえのある資料が数多く展示されています。
 8/22(日)までは「筑摩野の寺社秘宝と歴史を写す」展が開催されています。筑摩野各地の道祖神や、普段は見ることのできない寺社のお宝の写真が紹介されています。興味のある方はぜひ訪問されてはいかがでしょう。
 また、釜井庵では、菅江真澄が滞在した当時を模した七夕の飾りが、飾り付けられています。雅な雰囲気でありながら素朴な当時の空間がそこにはぽっかりと表れています。
 今、中原さんはこの10月からの本洗馬歴史の里資料館企画展「蘭方医、熊谷珪碩・謙斎(信州初の天然痘予防集団種痘をした本洗馬村医師)」を準備されています。今年からは資料館に常駐はしていらっしゃいませんので、案内を希望される方は事前に資料館にTelして下さいとの事でした。

本洗馬歴史の里の里資料館(開館 金〜日・祝日)
〒399-6462 塩尻市大字洗馬2323-1
Tel・FAX 0263-54-5520

(取材HP委員 赤坂 一美 瀧澤 宏)
中原文彦さん  2021. 7.25 修正